表題の著書は、通読のできる思想史を目指した、いわば体系的な教科書の位置付けとして打ち出されている。文庫化されたことにより、哲学に馴染みない読者にとっては、哲学の入門として選択肢に入りやすくなった。一方で、第二次世界大戦後に人間性や理性の回復が課題とされていた時代背景や、著者自身の明確な哲学的視点に基づいた構成があるため、現代の多様な哲学の全体像を捉える上では補足が必要である。
そこで、関連概念を調べやすいよう、以下に列挙する。
分析哲学の不在
哲学思想史は、20世紀の哲学をヘーゲルへの反動(キルケゴール、ニーチェ)や新カント派、生の哲学といった大陸哲学の系譜のみで語っており、(相対化として重要な)分析哲学が取り扱われていない。私なりに補足をするとフレーゲ、ラッセル、ウィトゲンシュタイン(前期/後期)、ウィーン学団(論理実証主義)、クワイン、デイヴィッドソンといった、20世紀哲学を代表する思想家が登場していない。
その結果、ジョン・ロールズの正義論、心の哲学における物理主義、言語哲学といった現代哲学の主要な分野が抜けているため、合わせて読むことが望ましい。
ヘーゲルを中心とした歴史観(あるいはニーチェとキルケゴールの過小評価)
本書はニーチェとキルケゴールを、あくまでヘーゲルの観念論体系に対する反動としているが、むしろ実存主義、現象学、ポスト構造主義といった20世紀以降の新たな哲学パラダイムを作り出した思想家と解釈をするべきである。特にニーチェは、主体の解体、権力への意志、系譜学といった概念を出しており、フーコーやデリダ、ドゥルーズらに影響を与えているので、この部分を含めて理解される必要がある。(ヘーゲルを中心とした歴史の脇役として扱われるべきではない)
唯物論に対する誤解
第十三節のタイトルを「唯物論とその超克」とし、「精神を軽視した唯物論はやがてその反動として極端な精神主義を喚び起す」と結論づけることで、唯物論を弁証法的に乗り越えられた過去の思想として位置付けているが、これは客観的に誤りである。なぜなら唯物論は物理主義や自然主義として発展していて、特に心の哲学では支配的な立場の一つであるから、著者の明確な反唯物論的・観念論的な価値判断が入っていると考えて良いだろう。
そのほかにもデカルトからカントまでの近代的な主体を無批判に受け入れており、フーコーやフランクフルト学派(例えばホルクハイマー、アドルノ)、(テイラー、ホーネットによる)承認論の視点が抜け落ちている。