衝動統制という概念がある。 衝動買いを思いとどまったりするような自制心を想像するが、心理臨床の文脈で語られるときにやや異なる意味を持っている。
藤岡淳子の分析によれば、衝動統制とは、動物としての「ヒト」が他者と共存する「人間」へと成長していくために不可欠な発達段階である。
まず個人内衝動の統制について述べる。これは、排泄や食事といった生理的欲求を社会のルールに合わせる第一の段階と、遊びたい気持ちを抑え勉学に励むといった、より高度な第二の段階に分かれる。しかし、非行や犯罪という問題の核心はここにない。近年、学業優秀な少年が重大事件を起こす例に見られるように、個人内で完結する自己規律と、他者との間で発生する衝動の規律は別問題であることがわかる。
そこで重要になるのが、第三の段階、すなわち対人間衝動の統制である。
これは思春期以降に登場する、他者との関係性の中で生じる欲求や葛藤を調整する能力を指す。自分とは異なる意思や感情を持つ他者を前にしたとき、我々は自らの欲求を一方的に押し通すのではなく、それを言葉で伝え、相手の言葉を聞き、互いの欲求を調和させる必要がある。非行や犯罪という現象の多くは、この対人間衝動の統制能力が、発達のどこかで不十分にしか学習されなかった状態として理解できる。他者との葛藤を解決する方法を知らないがゆえに、自らの欲求を暴力や搾取といった、他者の存在を無視した形で充足しようとする。
これが具体的に現れるのが、付き合う相手を選ぶ場面である。
健全な自己評価を持たない人は、その欠乏感から自分を本当に大切にしてくれる相手ではなく、目先の承認や甘い言葉を与えてくれるだけの(長期的には自分を傷つける)相手を選んでしまう。
こうした枠組みの中では、孤独や自己否定から逃れたいという短期的な欲求が、健全な人間関係を築くという長期的な視点を上回っている状態は、対人間衝動の統制が未熟であるとも考えられる。
参考
藤岡淳子. 『非行・犯罪の心理臨床』. 日本評論社, 2017.